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日記・コラム・つぶやき

2018年6月21日 (木)

地震の記録

いつも8時までには会社に出勤するので、事務所でその日の準備をしておりました。提出書類に押すスタンプ(数字のやつ)を床にばら撒いたので、キャビネット棚の前にしゃがんで拾っていたら「ドーン」と音がしました。グーラグラ揺れるので、このままここにいたら棚の下敷きになって人知れず、誰にも顧みられることなく圧死すると思ったので、SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造りの社屋(築10年ほど)の柱の近くなら大丈夫だろうと、そちらへ移動しました。

目の前でキャビネットや棚が倒れ、小型の棚が横っ飛びし、机が右往左往するのを見ながら、慌てる人はこういう状況で右往左往していて何かがヒットしてお亡くなりになるのかな? と思いました。まあ、命の危険を感じことに違いはありません。

数秒で揺れはおさまり、竜巻にあったような社内の片づけを1人でするのはイヤなのと、建物の中にいると余震がきたときにイヤなので、すぐ車に乗って客先に行きました。車載のTVでニュースを確認すると、震源は大阪府北部とのこと。必ず起こるという海溝型ではない(いよいよ来たか? と少し心踊っていたので、やや落胆。1回起きたらしばらくこないから安心です)。

目的地に近づくと、道路が川になっています。水道管が破裂した模様です。あとから思えば、こちら(箕面)のほうが被害があったからそりゃそうだです。川の水深が5cm程度と判断し、気にせず泥水をまき散らかして客先に行くと、人が建物の周りにウヨウヨいます。単なる避難か? と思ったら、電気ガス水道が全滅していたからでした。

建物に入ると、非常電源が廊下は点灯していますが、階段が真っ暗。携帯電話のLEDがとても役に立ちました。パッと見たところ、一部が水浸しになっています。あとで聞いたら、屋上の水タンクからのパイプが破損して上からバケツをひっくり返したようなことになったそうです。それで電気系統も水を被ってダウンしたようです。地下の自家発電装置も水をかぶって使えないとのこと。

水タンク(からの配水系)が破損したため、水が足りないと自治体に給水車を要請したみたいですが、自治体は住民のほうが大切だと言うことで、2台ほど着て帰ってしまいました。しょうがないから自衛隊に災害派遣を要請したみたい(さすが国立病院!)で、いかつい自衛隊車両がワサワサやってきました。

しかしながらまったく危機感も緊張感もなく、関係者は自分の携帯電話を渡して、自衛隊員(や自衛隊車両)と記念写真を撮っております。まあその気持ちもわかりますけど、何がどう流出して批判されるかわからない昨今、少なくとも国家公務員は自分の行動をよく考えたほうがいいのではなかろうかと思いました。

2018年6月17日 (日)

展望トイレ(個室)

展望風呂というのはよくありますが、このごろは展望トイレもあるらしいです。女性用は知りませんが、男性用の小便器が窓際にあって、景色側を向いて放尿できると。崖の上なんかから崖下に向けて小便をするのが大抵の男子は大好きですが、あの心理を応用したのでしょう。

と思ったら、大便用個室が展望タイプになっているところもこのごろはあるそうです。我々世代は、個室はコソコソひっそり入るところという感覚が強いですが、昨今はリラックスして気持ちよく用便したい向きがいらっしゃるのでしょう。我々丼飯世代は常に快便(座るなりブリっと出る)が一般的ですが、草食世代はリラックスしないと出ないのかも。

それはともかくとして、展望風呂の場合、普通にしていれば外から見えないけど、何しろこちらからあちらが見えているわけだから、向こうからも見ようと思えば見えるというのが道理というか、それが常ですから、展望トイレの個室の中も、その気になれば外から見えるはず。というような空想って楽しいです。

2018年6月16日 (土)

歴史的会談

僕は1973年生まれなので、「歴史的会談」として印象深いのはやっぱり1989年の「マルタ会談」です。東西冷戦の真っ只中に生まれ、「そう」だとはっきり教育を受けたわけではないにしても、親米反ソな空気が漂っていて、「諸悪の根源はソ連邦」だと洗脳されていました。

ので、「天皇陛下崩御」後、それまでの自粛ムードの反動でバブル真っ只中の浮かれた時勢、あれよあれよと時代の風潮が変わっていき、挙句、手のひらを返したように「ソ連邦(というよりゴルバチョフ)は友だち」みたいな空気に日本中がなったとき、45歳の今なら理解できますが、わずか15歳の思春期だったから、「大人は勝手だ」という思いを強くした記憶があります。
その後も「歴史的会談」は数あれど、だんだんネタばれ手品みたいな、底が見え透いたセレモニー感が強まるような気がします。「本当にそれで良くなるの?」という疑いが濃厚というか。我々がスレてきたのかもしれませんが、「冷戦終結」のインパクトがそれだけ濃厚だということかもしれません。

という僕が、「ららら科學の子(矢作俊彦)」をもう100回以上読み返しているのに、どのページをパッと開いて読んでも「ウンウン」と心に染み入るのは、そういうことなのかな? と思ってしまうのでした。

2018年6月14日 (木)

食パン

子どものころ、僕は毎朝パンを食べていました。銘柄は特に決まっていませんが、とにかく口の中で餅ができるような感じがイヤでイヤで、小学校3年生ぐらいから家族で僕1人だけ米飯を食べるようになりました。米が見直されつつあるあった世相(給食に米飯復活など)もあると思います。

以降35年間ずっと朝食は米飯が基本で、ごく稀にパンやホットケーキを食べていましたが、ここ2ヶ月ぐらい毎朝食パンを食べています。理由は「口の中で餅にならない食パンに出会えた」から。

その食パンは「パスコの超熟」です。今年20周年を迎えたという食パン。いままでも、ときどき買って食べていて、そのときも「このパンは美味い」と思っていました。とにかく味がよい。それがある日、突然「あれ? 餅にならないな」と気がついたのでした。

餅のようになるのは、単に僕が口の中に入れすぎる(頬張る量が多い)のでもぐもぐ咀嚼するうちに餅になるのだと第一だと思いますが、唾液の分泌量が少ないとかパンの含水量が少ないとか、他にも理由があると思います。そしてたぶん、パスコのパンは口どけがいいんじゃないかと。

さらにこのごろ気がついたのですが、耳が耳っぽくありません。耳がついているのに耳を切ったパンを食べているみたい。よそのパンもそうなりつつありますが、パスコが一番耳の存在感がないように思います。

2018年6月13日 (水)

ヒラヒラ感

マツダ・ロードスターの「ヒラヒラ感」が、リトラクタブルハードトップのRFにはないというような話を聞いて、S660に感じた違和感はそれなのかな? と思いました。カタログによれば、S660は軽いMT仕様でも830kg。登場したときは「重い」と言われたBEATが760kg。

普段1人でBEATに乗っていると、「全然これで2020年を目前とした現代の道路を闊歩できるじゃあないですか」と思いますが、登場した1991年には、信号GPで遅れをとらないためにはちょっと忙しかったものでした。先日配偶者を助手席に乗せて走ったら、「あれ? こんなに走らなかったっけ?」と思ったので、配偶者の体重が仮に50kgだったとしても、動力性能に影響があるような蚊トンボみたいな車です。

S660に1人で乗ったことはありませんが(試乗だから販売店の営業担当と同乗)、2名乗車でも全然不足感がないどころか、販売店まで乗っていったFIT RSと変わらない動力性能だと思いました。試乗ルートはバイパス道路を含む8kmで20分程度というサービス満点の内容で、狭い市街地も走りましたが、どこを走っても軽快感はありませんでした。これでBEATみたいだったら欲しくなったのですが、そうじゃないから今に到るまで購入しておりません。

2018年6月 8日 (金)

20年近く住んでいて、初めて家の前のバス停を利用しました。

普段最寄り駅までは徒歩10分ほどなので歩きますが、家の前にバス停があります。最寄り駅と京阪の寝屋川市駅のあいだを走る路線で、乗るとしたら寝屋川市駅に行く場合なのでしょうが、残念ながらいままでその機会に恵まれておりませんでした。1時間におおむね1本で、往復全部数えても20本ほどしかないので、昼間の閑散とした時間帯でも10分ごとにバスが来るところで生まれ育った僕は、そもそも乗ろうとは思いません。

うちの家の最寄り駅はJRの駅で、関西においてJRの駅というのは閑散としているのが通り相場です。モスバーガーを買って帰る必要があって、僕の通勤経路JRの駅の近くで買えるのは京橋駅か天満駅だけ。どちらの店も駅からちょっと遠いし、買ってからうちの家まで30分以上かかります。いっぽう京阪沿線で、うちに近い店は萱島か寝屋川市(寝屋川市駅からはちょっと遠いですが)。ので、京橋から寝屋川市駅まで京阪に乗って、モスバーガーに行って、バスで家に帰るという計画を立てました。

帰りに乗るバスの時間を決め、そこから逆算してモスのネットオーダーで時間して引き取り注文し、そこから逆算して京橋駅から乗る京阪の時間を決めました。僕の性格として、必ず余裕を持たせてしまうので、買ってから家に帰るまで結局30分かかりましたが、もっと詰めれば20分で持ち帰れそうです。

初めて乗る京阪バスは、普段外から見たとおりの素人くさい運転のバスでした。やっぱりバスは西鉄か近鉄ですね。阪急もイマイチ(不況の昨今、レベルが下がっているのかも)だと思いますが。運賃が割高なのはバスの宿命だとして、わずか10分の乗車時間で我が家の目の前のバス停につきました。10分といえば最寄り駅まで歩く時間です。一瞬、通勤経路を京阪の寝屋川駅経由にしようかと思ってしまいましたが(どうせ京橋駅に行く)、バスが1時間に1本だということを思い出しました。

2018年6月 7日 (木)

4輪をTOYO NANOENERGY3にしてで300kmほど走った感想。

2年前に後輪だけ交換していたBEATのタイヤを、前輪も同じTOYO NANOENERGY3に替えました。後輪を5年物のDUNLOP LM703から替えたたとき、ずいぶん乗り心地がよくなったと思いましたが、前輪も替えると、このタイヤはものすごく乗り心地がいいんだと確信しました。たぶん、軽いんじゃないかと思います。

エコタイヤということで期待していませんでしたが、ドライ/ウェットのグリップもいいと思います。表面が固くなったタイヤより、うんと安心して走れます。そろそろ交換することも考えなければならなくなりつつあるFITの次のタイヤは、これに決まりですね。しかもFIT用(185/55R16)は後継型のNANOENERGY3PLUSになるので、さらに濡れた路面でのグリップがよいらしいです。

エコタイヤをうたっているのにあまり燃費がよくなかったMICHELIN ENERGY SAVERや、エコタイヤじゃないのに燃費がよい(MICHELINと同じぐらい)TOYO DRBの経験から、「ようするに乗りかたなんじゃなかろうか?」と思っておりましたが、後のみNANOENERGY3/前MICHELIN XM1から、前後NANOENERGY3にしたらてきめんに燃費がよくなりました。高速道路でのんびり走って(といってもどうやっても80km/h以上出すとうるさくて仕方ないのでそれ以上出すことはないのですが)運がよければ20km/L という燃費が、流れに乗って(ということはときどき100km/hぐらい出して回転数が5000rpmを超えたまま数km走る)も20km/L 走ります。

うるさいか静かかは、何しろBEATなので何ともいえませんが、なんとなくうるさくはなさそうです。後輪は2年で10,000km以上走っていますが、溝の深さを計ると、新品の前輪より深かったです。たぶん、1mm未満しか減っていないのではないでしょうか? エンジンとブレーキをオーバーホールし、タイヤを最新型にしたBEATは、まったく現代の新車として通用するぐらいになりました。安全基準などは全然満たしていませんし、なんとなく最新型の車よりボディもゆるいですが、軽快に走って曲がって止まれます。あとは、エアコンが復活すればまったくの実用に使えそうです。

2018年5月25日 (金)

MICHELIN XM1を5年ほどで交換することにしました。

2013年4月からHonda BEATの前輪に履かせていたMICHELIN XM1を、5年少々で交換することにしました。ひび割れがひどくなって、交換前に履いていた12年物のLM702ほどではないにしても、トレッド表面の硬化がすすんでロックしやすくなっていたので。2年前に後輪をTOYO Nanoenergy3にしたので、前輪も同じにしてみました。Nanoenergy3は、Plusが出ていますが、軽自動車サイズはまだみたいで、普通のNanoenergy3です。

5年で20,000kmほど走ったと思われます。おおむね溝の深さは半分ぐらいに減ったような気がします。スリップサインまでの深さスリップサインからの深さが同じぐらいになっています。タイヤが減らないのはいいことだと昔は思っていましたが、そんなに走らない人には、そこそこ減って常に硬化していないトレッド面が露出しているほうがいいかもとも思っています。TOYOタイヤは、長持ちする印象はありませんが、そこそこ減ってくれたほうがいいと思うようになっているのと、FIT RSのDRBが3年経過してもひび割れが期待より少ないので、日本の厳しい夏の暑さと雨に耐久性があると思います。

MICHELINには熱狂的な信者がいらっしゃいますが、個人的な感想としては、少なくともTOYOタイヤより早くひび割れてしまうのがどうかと思いました。ガンガン走る人には、減りにくいしひび割れにくい(あまり走らないとひび割れやすい)ので、そもそも総合バランスのいい設計のタイヤだと思うから、とてもいいと思います。

2018年5月 7日 (月)

いつも営業車で走っている山道をFIT RS(6MT/2010年型)で走りました。

もう8年目のGE型FIT RS(6MT/走行距離60,000km弱)に乗るたびに、営業車の間もなく90,000kmを迎える6年目のラクティスのヘタリ具合と比べ、何としっかりした車なんだろうと思っております。Honda車はペラッペラといわれた30年前が嘘のようです。具体的には2003年型のアコード・オデッセイあたりからHonda車の品質が劇的に変わったようです。30年ほど前、メルセデスベンツという車は、10年ぐらい経ってから「ああ、こういうことだったのか」と新たな発見があるような奥深い車だと誰かが言っていましたが、同じことをFIT RSで感じております。

舞鶴に行く途中、有料道路代をケチって亀岡まで山道を走りました。営業車のラクティスでよく走る道です。FITで走るのも、決して初めてではありません。が、「こんなにこの車ってすごかったかしらん?」と思うぐらい、ありとあらゆる面で良かった。路面の不整をまったくボディ側に影響させることなく足だけで吸収して曲がるし、そのときの速度も、ボディが変形してオットットで走っているラクティスより1割以上速い。運転が上手くなった気がしました。

高速道路で荷物満載4人乗車で走ったとき、ある程度負荷がかかっていても足回りがよく動く欧州車っぽさを感じていましたが、そういうことなんでしょう。ゆっくり走ったほうが、曲がり角で跳ねるような気がします。タイヤが、もう3年物でひび割れているTOYO DRBだから派手にキャーキャー鳴きまくるのですが、左右に激しく切返して荷重移動させまくっている状況で、程よくグリップを失いかけてバランスが取れていいのかも。トリモチみたいにグリップするようなタイヤだと、オットットとなるのかもしれません。

2018年5月 2日 (水)

近鉄南大阪線 大和川の橋梁故障で運転見合わせ。

台風が来ても大雨が降っても地震がおきても線路に木の枝がしな垂れかかっていても踏み切りで自動車が脱輪していても、列車さえ進めれば進めるところまで走り続ける無敵の近鉄電車が、南大阪線の大和川橋梁の橋脚の傾きセンサーが異常を感知して運転見合わせしました。

「阪神高速大和川線」という言葉が頭をよぎりましたが、大和川の増水が原因というのが公式発表です。雨が降るたびにとんでもない増水するのが大和川なんですが、もともと傾きかけていたところの補修工事中だったらしいです。

僕は南大阪線沿線に生まれて間もなくから大学に入るまで(浪人時代を含め)18年暮らしましたが、ストライキのない近鉄ということもあって運休なんて聞いたことがありません。そんな僕も含め、南大阪線が使えないとどうしたらいいか判らない(考えたこともない)人が多かったみたいですが、道明寺線からJR大和路線の柏原経由で天王寺に行けるから、手続き(振替輸送の切符がないと実費)が面倒なだけで、実は何とかなります。

吉野・河内長野方面から大阪阿部野橋へのお客さんは、河内長野経由で南海高野線にも乗れます。藤井寺あたりの人までは柏原経由でいいとして、河内松原の人はとりあえず河内天美まで来て、さあどうするのかと考えてみたら、地下鉄御堂筋線の北花田駅まで2kmほどしかないのでした。南海バスが走っていますし、僕はその経路風景(あそこを歩くのねと)を考えると気が遠くなりますが、そういうトラウマがない人は2kmですから歩いて歩けなくもないです。

と思っていたら、普段1日6000人の道明寺線のキャパシティでは16万人の南大阪線のお客を全然賄えなかったみたいで、お正月の道明寺天満宮の混雑どころではない未曾有の事態になったようでした。考えてみればそうですね。

復旧の見込みは未定ということでしたが、1日半ほど運休しただけで、翌日15時50分には運転再開しました。JRだったら平気で1週間ぐらいかかりそうだし、南海電車も昨年の台風で箸がゆがんだときは、完全復旧に1ヶ月ぐらいかかりました。新たな近鉄伝説の誕生といっていいでしょう。

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