文化・芸術

ゴリアテ

そもそもは旧約聖書に登場する巨身兵。少年ダビデに投石器の石で額を打たれて倒れ、首をはねられたことから、小さな者が大きな者を倒す喩えで有名です。

アニメ「天空の城ラピュタ」に登場する巨大戦闘飛行船の名も、ゴリアテでした。悪役ムスカ大佐がこれに乗ってラピュタ(巨大な積乱雲の中にあった)を目指します。

あと有名なのは第二次世界大戦でドイツ軍が使用した遠隔操作できるミニ戦車の通称。田宮のラジコンタンク(よりはウンと大きいですが)みたいなものに爆弾を積んで敵地に侵入し、自爆すると。最大8kmぐらいの遠隔地で操作できたようですが、信じられないことに無線でなく有線だったそうで、ケーブルを切られて無能力化することが多かったそうです。間抜けですね。しかも使い捨てなのに、コストが高かったそうな。

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自転車通勤

自転車通勤を始めて数年。最初の1年は血液検査の結果が好転した程度で何の効果も変化もなく、食事を減らした(カロリー管理を始めた)ところあれよあれよと体重が20kg減少。当初は減量・健康維持・交通費節約が主目的で、可能な限りできるだけ毎日自転車によるようにしていましたが、この4月からは特に、月曜日自転車で会社に行き、金曜日自転車で帰るだけになりつつあります。単に忙しくなったんですね。

一時期は足が競輪選手のようでしたが、今では少し運動を継続している青年程度です。このままでは基礎代謝が減ってしまいそうなので、また筋肉を取り戻すためなるべく自転車に乗ろうと思います。心肺機能は一切低下していないようで、かつては20kmの道のりをどうやっても1時間の壁が破れませんでしたが、自転車のギアを換えた(最高速が向上)のとあわせて、向かい風でなければらくらく1時間弱になりました。

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チェリーコーク

チェリーフレーバーのコーラは、コーラの本場アメリカだけではなくヨーロッパはもちろんアジアでも人気があって一般的ですが、日本ではなかなか受け入れられません。そもそもコーラが日本に上陸したときでも、「薬臭い」といってなかなか馴染まなかったといいますから、チェリーコークなんてというのもわかります。

コーラマン(コーラ中毒というほどひどくない)の僕ですが、意外とこの味は大丈夫というよりむしろ好きで、一昨年限定販売(日本コカコーラは「限定」のつもりはなかったのでしょうが)されたときも頑張って買って応援したつもりでしたが、1週間もしないうちに売場からなくなりました。配偶者に飲ませたら「私には受け入れられない」と言っていたので、よっぽど売れなかったのでしょうね。

似た味としてドクターペッパーやルートビアを例に挙げる人がいますが、ドクターペッパーはむせ返りそうだし、ルートビアこそ薬の味でしょう。これまたひと夏だけ売られていたサントリーのサスケもチェリーコーク類似飲料として伝説になっていますが、僕個人としてはチェリーコークより好きで、あの夏はこればっかり飲んでいました。

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パン

先日常務と同行中、ランチの時間になったものの次の予定まで時間がなく、「コーヒーだけ飲もう」と常務が言うので「その時間が惜しい」と思いつつ、常務なりに自分への気遣いいただいているのだろうと理解してドトールコーヒーへ。「わしはアイスコーヒーと、そのパンを食う。お前も好きなものを食べなさい」と言って1,000円札を渡すので、「ミラノサンドAでもいいのかな?」と思いつつ、同じ100円ほどのアンパンみたいなパンを自分の分も取ってお会計しました。

僕がいつものようにパンにかぶりつこうとすると、常務は手でちぎって食べています。「そういえば、パンはそうやって食べると小学校で教わったな」と思って、僕も同じようにちぎって食べることにしました。

パンをちぎって食べると、上品に見えるというだけではない効用があります。僕は歯周病治療のため、差し歯を抜いて現在仮歯という固定の緩い入れ歯をつけていますが、パンというものはスポンジと同じように水分を吸い込もうとして歯に引っつくので、かぶりついたパンを噛み切るとき、噛み切られた残りのパン(口に入らなかった分)に仮歯が引っついてポロッと外れそうになります。ところがちぎって食べると、仮歯を避けてダイレクトに奥歯に入れられるので大丈夫。歳をとると、いろいろな発見がありますね。

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梅干

0090000000092 スナックに行くと、社長は必ずラッキョウと梅干を頼みます。そしてラッキョウは自分で食べて、「食べてみな」と梅干を皆にすすめます。「この梅干はすっぱくないんだよ」と言いますが、梅干はすっぱいものなので、すっぱくないということは何かが間違っているわけですが、言いません。

「本当ですね」と言いながら「すっぱくないどころか塩も薄いし、常温で3時間ほどでカビがきそうな梅干だな」と思いますが、言いません。

このごろあまり売っていませんが、塩鮭同様、僕は塩分濃度20%ぐらいの梅干でないと不安になります。日の丸弁当の梅干も、そういうものでないと効果がないと思います。だから、このごろは梅干を見ても唾液が出なくなりました。

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すき焼

Enju08_1 正月実家に帰ると、「もらったけど老夫婦だけじゃ食べきれないから」と見事なすき焼き用のお肉を頂戴しました。父の友だちが精肉業者で、お金が余ってしょうがないという羨ましい人なのですが、そういう人がくれたお肉なので、百貨店でも売っていないような、料亭で出されるような超高級品です(たぶん)。

すぐは食べないのでとりあえず冷凍してあったのですが、解凍してビックリ。こういう派手な霜降り肉というのは、ドリップが出ないんですね。子供のころはすき焼が大好きでしたが、大人になると他の肉料理も知るのであまり食べなくなり、食べるにしても手ごろな肉が多く、たまに奮発してもそんなに高いお肉は買えないので中途半端な脂の多い肉、挙句の果てに胸焼けがして「霜降りは見るだけでイヤ」状態になっていましたが、今回のお肉は胸焼けがするどころかどんどん箸が進んで、これまたビックリ。これが本当の霜降り和牛の味なんだなあと思いました。世の中何ごとに限らず、中途半端ではなくピンかキリを選ぶべきですね。

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おせち料理

Kodawariyasan_010000005 せっかくの正月気分を味わうため、わが家でも一応おせち料理を用意します。子供の教育の目的もあります。僕が子供のころはまだ、年末に買出しをして母が全品作り、三が日はそればかり食べていましたが、このごろは「一人おせちセット」を買って、家では黒豆と棒だらときんとんぐらいしか作りませんし、だいたい元日(の朝、つまり元旦)でほとんど食べてしまいます。僕個人としては、おせち料理は酒の肴なので、ちょっとずつ永く食べたいのですが、お重は冷蔵庫には入らないし、部屋においておいても邪魔なので、さっさと食べてしまいます。

でも、核家族が進んでいるとはいえ、大晦日から本家に集まって年を越すなら、おせちはいりませんね。うちは本家で年を越すほど大げさな一家ではなく、新年の朝は自宅で迎えますから、これからもおせちを用意するでしょう。

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THE BLUE-HEARTS

1995年に解散した伝説のバンドで、数々の社会現象を起こし、解散から10年以上経過した現在でもその影響が衰えていない証拠に、CM曲にもよく採用されています。

僕とブルーハーツの出会いは、中学校の修学旅行に誰かがカセットテープを持ってきていて、3日間延々バスの中で聴かされたことでした。そのときは「やかましい音楽だな」と印象が悪かったのですが、一部の友人たちが「リンダリンダ」を合唱しながらバスの中で踊り狂っていたのが印象に残っています。

高校のときがちょうど「情熱の薔薇」のときで、この曲(の「見てきたものや聞いたこと いままで覚えた全部 でたらめだったら面白い」)には「やられた!」と思いましたが、TV番組で見たヒロトの姿(変な人に見えた)がナイーブな僕にはショッキングで、CDを買って聴くには到りませんでした。

大学に入り、みんなでカラオケで「TRAIN‐TRAIN」の替え歌(トレーントレーン 単位が取れーん トレーントレーン どうしても)を歌っていたことをよく覚えていますが、それ以外あまり印象がなく、1995年に友だちが「ブルーハーツが解散した。ケンカしたらしい」と話しているのを聞いて、まだ変な人たちだと思っていた(才能のある人には変な人が多いというステレオタイプな考え)ので、まあそれも不思議でないだろうと答えた気がします。

それから5〜6年、ある日の昼休みに入った本屋で流れていた「運転手さん そのバスに僕も乗っけてくれないか 行き先なら どこでもいい」という曲が不思議と耳に残りました。その声と曲の調子でブルーハーツの曲だいう気がしました。そんなに懸命に探すまでもなく、それが「青空」という曲だとわかったので、すぐ「青空」の入っているCDを手に入れ、それがたまたま「SUPER BEST」で、それを聴いた僕は、中学から大学までの青春期のノスタルジーも手伝ってブルーハーツの虜となってしまいました。

本人の努力か親の協力か、リアルタイムの僕はそんなに成績が悪いとか劣等生だとかの立場にはなく、あまりブルーハーツが心に支えにはなりませんでしたが、今聞くと彼らの曲に救われた人たちはきっと多かっただろうな、と思います。僕の信念の1つに、「がんばれば必ず何とかなる」というものがありますが、彼らの曲はその強力な後ろ盾になってくれるでしょう。苦しいとき、気持ちが弱ったとき、グッと歯を食いしばって耐えているときに「フッ」と入ってきてくれます。宗教的というか教祖というかカリスマになったという話も納得できますね。冷静になって考えると、それは彼らの曲が否定しるものなんだけど(がんばるのはあくまでも「自分」であって、他力本願ではない)、そういう状況になったのも、解散の理由というか原因ではないでしょうか。

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大阪城

先日某政党系の団体の催しで平和についてのイベントがあり、大阪城(現在は博物館)の学芸員の人が大阪城周辺がかつては軍需工場でしたよ、というような話をしてくれたのを聞いてきました。なお仕事がらみで行っただけで、僕はその政党の支持者では絶対ありません。

今でこそ平和の象徴のような博物館と公園になっているけど、かつては血塗られた歴史があることを忘れず、この平和を守りましょうというような趣旨でしたが、そもそも城とは今も昔も軍事施設以外の何でもないから、なんだか違和感のある内容に思えましたが、他の人々は皆本当に真剣に感心していたので、まあ僕がその政党のアンチゆえに揚足取り的に気になっただけなのでしょう。

しかし歴史の勉強が中学社会科どまりの僕には、大坂夏の陣だの冬の陣だの言われても、チンプンカンプンです。ただ勢いづいた徳川軍が逃げる民間人を襲ったというので、歴史は繰り返すというか、戦争はいかんなあと思いました。

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だんじり

町内会でだんじりを曳行するというので、僕はまったく興味がないのですが、家族で見に行きました。

僕たちの世代は親が団塊の世代なので、こういった地域の伝統行事への参加は、失礼ながら「勉強のできない子が英雄になれる(≒憂さ晴らし)機会」という感じで、実際にそういう暗黙の了解があったような気がするのですが、このごろは伝統行事を見直そうという機運が高まっていて、学校やPTAが積極的に参加を促しているということもありますので、自分が子供のころ無視していた世界を学ぶ意味もあるだろうと考え直し、じっくり観察してみました。

要するにみんなでだんじりを引っ張って町内を回るというだけのことで、「みんなで何かひとつの目的を協力して行う」ということを実体験する効果があるわけですが、参加している子供たちは、休憩のたび(やたらと止まっては休憩する)にもらえるお菓子やアイスキャンデーや清涼飲料水の方が魅力的な様子です。うちの子たちも途中から参加してしばらくだんじりを曳いてみましたが、お菓子類をしこたまもらってお腹が膨れたところですっかり飽きてしまったようで、途中で離脱しました。最後は神社で特別なご褒美があるようなのですが、「もう帰る」というので帰りました。

ちなみにわが町内のだんじりは天保年間のものだそうです。

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