1995年に解散した伝説のバンドで、数々の社会現象を起こし、解散から10年以上経過した現在でもその影響が衰えていない証拠に、CM曲にもよく採用されています。
僕とブルーハーツの出会いは、中学校の修学旅行に誰かがカセットテープを持ってきていて、3日間延々バスの中で聴かされたことでした。そのときは「やかましい音楽だな」と印象が悪かったのですが、一部の友人たちが「リンダリンダ」を合唱しながらバスの中で踊り狂っていたのが印象に残っています。
高校のときがちょうど「情熱の薔薇」のときで、この曲(の「見てきたものや聞いたこと いままで覚えた全部 でたらめだったら面白い」)には「やられた!」と思いましたが、TV番組で見たヒロトの姿(変な人に見えた)がナイーブな僕にはショッキングで、CDを買って聴くには到りませんでした。
大学に入り、みんなでカラオケで「TRAIN‐TRAIN」の替え歌(トレーントレーン 単位が取れーん トレーントレーン どうしても)を歌っていたことをよく覚えていますが、それ以外あまり印象がなく、1995年に友だちが「ブルーハーツが解散した。ケンカしたらしい」と話しているのを聞いて、まだ変な人たちだと思っていた(才能のある人には変な人が多いというステレオタイプな考え)ので、まあそれも不思議でないだろうと答えた気がします。
それから5〜6年、ある日の昼休みに入った本屋で流れていた「運転手さん そのバスに僕も乗っけてくれないか 行き先なら どこでもいい」という曲が不思議と耳に残りました。その声と曲の調子でブルーハーツの曲だいう気がしました。そんなに懸命に探すまでもなく、それが「青空」という曲だとわかったので、すぐ「青空」の入っているCDを手に入れ、それがたまたま「SUPER BEST」で、それを聴いた僕は、中学から大学までの青春期のノスタルジーも手伝ってブルーハーツの虜となってしまいました。
本人の努力か親の協力か、リアルタイムの僕はそんなに成績が悪いとか劣等生だとかの立場にはなく、あまりブルーハーツが心に支えにはなりませんでしたが、今聞くと彼らの曲に救われた人たちはきっと多かっただろうな、と思います。僕の信念の1つに、「がんばれば必ず何とかなる」というものがありますが、彼らの曲はその強力な後ろ盾になってくれるでしょう。苦しいとき、気持ちが弱ったとき、グッと歯を食いしばって耐えているときに「フッ」と入ってきてくれます。宗教的というか教祖というかカリスマになったという話も納得できますね。冷静になって考えると、それは彼らの曲が否定しるものなんだけど(がんばるのはあくまでも「自分」であって、他力本願ではない)、そういう状況になったのも、解散の理由というか原因ではないでしょうか。
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